ゆっくりと歩く。

足音を忍ばせた猫みたいに。

 

真昼の街を歩いていると

授業を抜け出して堤防や河原へ向かった

学生時代を思い出す。

 

道行く人は

何かしらの目的地を目指して

猫背でスタスタと

私をすり抜けていく。

 

いつもの私なら

スッと背筋を伸ばし

目的地なんか無いのに

靴音高く人々を追い越して歩く

のに、今日は違う。

 

どんよりと甲高い叫びをあげる膝に

苛立ちを感じながら

それでも歩いている。

できるだけ静かに、ゆっくりと。

私はまるで甲虫。

ザムザにでもなった気分だ。

自らの力の及ばない自分自身の弁護はしない

が、蔑んだり戒めたりもしない。

かと言って、

何かをして何が変わるとも思えない。

グレゴール・ザムザは

巨大な甲虫のまま死んでしまった。

物語の括りには

幸せに暮らしていこうとするザムザ一家の会話。

私には

グレゴール・ザムザが無かったことにされた

ように取れた。

それでもハッピーエンドのこの物語を

私は何度も読んだ。

何度読んでもストーリーは変わらず

絶望的なハッピーエンド。

私の解釈が違えているに違いない。

 

ゆっくりと歩く。

街は 私には 早すぎる。

太陽が痛く恨めしい存在になってから

おしゃれを諦めた。

それなのに

この光のぬくもりが愛しくて

お昼間には散歩を欠かさない。

 

そういえば

あの本はどこに仕舞っただろうか。

 

そうだった。

背筋を伸ばし靴音高く歩いていたのは

もうずっと ずっと昔のことだった。

そんなことも忘れてしまうくらい

私はずいぶん歳を取っていたんだ。

 

ゆっくりと歩く。

それでもまだ歩く。

悪あがきや強がりじゃなく

今まで通りに生きているだけさ。

グレゴールを忘れても

幸せを誓う家族は、せめて

今まで通りに生きたかっただけなんだろう。

やっとわかった気がする。

私の歩みのようだね、

遅くても確実だということさ。

 

ゆっくりと歩く。

足音を忍ばせた猫みたいに。

真昼の街を歩いていると

授業を抜け出して堤防や河原へ向かった

学生時代を思い出す。

 

私はまるで甲虫。

ザムザにでもなった気分だ。

 

ゆっくりと歩く。

街は私には早すぎる。

太陽が痛く恨めしい存在になってからも

それでもまだ歩く。

むくもりが愛しくて。

悪あがきや強がりではなく

今まで通りに生きているだけなのさ。

私の歩みのようだね、

遅くても確実なのさ。

ゆっくりと歩く。

足音を忍ばせた猫みたいに。

ゆっくりと歩く。

街は私には早すぎる。

ゆっくりと歩く。

ザムザはどこへ行ったんだろう。

ゆっくりと歩く。

今まで通りに生きているだけさ。

ゆっくりと、

今まで通りに生きていたいだけなのさ。

 

 

 

ーendー

 

 

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